まず結論から
相撲ファンでも何でもない自分が、最後まで存分に楽しめたスポ根王道の傑作。少年ジャンプで相撲という、漫画としてはかなりマイナーなテーマを5年間連載し切り、全28巻でしっかり完結させた——これだけで作品の力が分かる。
弱小相撲部から始まる王道スポ根の骨格に、相撲という競技そのものの奥深さが乗ってくる。絵の動き、迫力、勝負のスリルがしっかり描かれていて、ページを捲るたびに「相撲ってこんなに面白かったのか」と何度も思わされた。
どんな漫画か
主人公は潮火ノ丸、身長152cmの小柄な少年。中学時代に「鬼丸国綱」と呼ばれた天才相撲取りだったが、横綱を目指すには小さすぎる体格をハンデに、高校では弱小の大太刀高校相撲部に入部するところから物語が始まる。
構造は「弱小部に主人公が来て、仲間を集め、強くなり、強豪と戦って勝ち上がる」スポ根王道。骨格はジャンルの定番通りなのだが、そこに乗る肉付きが特別で、5年間28巻を最後まで読ませる。
高校相撲編から、卒業後のプロ大相撲編まで、主人公の人生のスケールがちゃんと広がっていく構成になっている。学生スポーツの枠で終わらず、プロの世界まで描き切るスポーツ漫画は珍しい。これも本作の見どころのひとつだ。
テレビでは一瞬の相撲が、漫画ではこんなに濃く描かれる
この記事で一番書きたかったのはここだ。
テレビで相撲を見ると、一勝負はだいたい数秒から長くて数十秒で終わる。立ち合いがあって、ぶつかり合って、技が決まって、土俵を割って、終わり。「あれ、今のはどうなった?」と思っているうちに次の取組が始まる。観戦慣れしていない人間からすると、相撲は速すぎて手応えが残らないスポーツに見える。
ところがマンガで読むと、その「一瞬」が信じられないくらい濃く描かれている。立ち合いの直前の駆け引き、ぶつかった瞬間の重心の取り合い、手の差し方、足の運び方、相手の重心を見抜く判断、決め技に持ち込むまでの数手——テレビでは見えていなかった層が、一勝負ごとに何ページも使って描かれる。「相撲ってこんなに色々詰め込まれていたのか」という驚きが、毎試合ごとにある。
これは火ノ丸相撲を読む大きな価値のひとつだと思う。テレビで見るスポーツと、漫画で読むスポーツは、別物の楽しみ方ができる。漫画は競技の「中身」を、コマとセリフでスローモーション再生してくれる。火ノ丸相撲を読んだあと、テレビで相撲を見ると、立ち合いの一瞬に込められたものの厚みが、少しだけ見えるようになる。
絵の動き・迫力・勝負のスリル
川田の絵は、ジャンプ系の中でも「重さを描けるタイプ」の作画。相撲という重量級の競技を扱うには、絵にこの重さが必要で、本作はそこをしっかり押さえている。
立ち合いの瞬間の「ぶつかった衝撃」のコマ、押し合いの「重心がせめぎ合う」一連の動き、決め技が入る瞬間の「土俵が震える」描写——どれも紙面から重量と熱が伝わってくる。バスケのスピード、剣道のキレ、サッカーのテクニックとはまた別の方向の身体性で、「重い・強い・速い」が一枚絵に同居するのが相撲漫画の難しさだ。本作はそれを正面から成立させている。
勝負のスリルも素直に高い。「数秒で勝負がつく」という相撲のルールが、逆にコマ運びの緊張感を生むのが面白い。長い試合を引き延ばすのではなく、短い時間に積み上がった準備と読み合いを、コマで切り取って見せる。少年ジャンプの試合描写の文法を、相撲というルールに合わせて再構築している。
スポ根として、最高級の王道
本作の骨格は、スポ根の王道そのものだ。弱小部に主人公が来る → 仲間を集める → 練習する → 強くなる → 強豪と戦う → 仲間も成長する。この流れを真っ正面から描いて、ちゃんと熱くしてくれる。
主人公の火ノ丸は、身長152cmという物理的なハンデを抱えながら、相撲への愛と技術と覚悟で立ち向かう。仲間たちもそれぞれに弱さや過去を抱えていて、それを乗り越える過程がきっちり描かれる。「弱さがあるからこそ、強さが映える」という、スポ根の根本原則がそのまま成立している。
マイナースポーツがテーマでも、スポ根として面白くなれるのは、結局のところ「人間ドラマがちゃんと描けているか」に懸かっている。火ノ丸相撲はここで負けない。むしろ、相撲というあまり描かれてこなかったスポーツだからこそ、新鮮なドラマとして読める。
キャラクターについて
主人公の火ノ丸は、小柄ながら相撲への執着と技術が異次元。「強くなるために必要な努力を、すでに全部やってきている主人公」として登場するのが、本作の独特なところだ。ゼロから強くなる主人公ではなく、最初から強い主人公が、さらに高みに登っていく構造。だから戦いに重みがある。
大太刀高校の仲間たちも丁寧に描かれている。最初は素人だった部員たちが、火ノ丸と一緒に練習する中でそれぞれの強さを見つけていく。「主人公だけが強い」物語にせず、仲間全員に見せ場を作るのは、スポーツ漫画として大事な設計で、本作はここを外していない。
ライバル校の選手たちも個性的で、特に天王寺獅童・久世草介ら他校の強豪は、敵としても主人公としても通用するレベルの描き込みがある。「敵キャラに感情移入させてくる」のが少年ジャンプのスポーツ漫画の系譜で、本作もしっかりその流れに乗っている。
気になった点
テーマが相撲なので、「裸(まわし姿)の男たちがぶつかり合う」絵が苦手な人にはハードルが高いかもしれない。これは相撲という競技の特性なので作品の問題ではないが、ジャンル選びの段階で合う合わないが出やすい部分。
それから、相撲のルール・専門用語が物語の前提として出てくる。初心者には最初の数巻でルール解説が多めに入るのだが、相撲を全く見たことがない人にとっては、慣れるまで少し時間がかかる可能性がある。慣れさえすれば、それ以降は競技の中身を楽しめる。
- 王道スポ根が好きな人
- マイナースポーツの漫画で新しい競技体験をしたい人
- 絵の重さ・迫力で勝負のスリルを感じたい人
- 完結作を一気読みしたい人
- 学生スポーツからプロまで描く長編が好きな人
- まわし姿の男性キャラの絵が苦手な人
- ルール・専門用語が多い競技が苦手な人
- スポ根の王道展開が古臭く感じる人
相撲というマイナースポーツを舞台にしながら、王道スポ根の骨格・絵の迫力・勝負のスリルで、相撲好きでない読者まで存分に巻き込む全28巻の傑作。「テレビでは一瞬で終わる相撲が、漫画では一勝負ごとにこんなに色々詰め込まれているのか」と何度も実感させてくれる。マンガでスポーツを読む意味を、本作は教えてくれる。
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